2011年07月18日

ヤマトを解剖する

宇宙戦艦ヤマトシリーズはアニメ技法の進化を論じるに格好の材料なのだが、
本書は漫画教本なので脚本について述べる。テレビ1から映画を含み
テレビ3までを扱う。量産的アニメで漫画絵の水準を満たしては
いないので(構図やカット割りではなく)個々の絵の参考にはならない。
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1状況説明の手順

映画1は基本的にテレビ1のダイジェストであり、
冥王星海戦に至る説明は両者とも順当である。
しかしテレビは連続ドラマなので意外性のメリハリを考えると、
避難船ヤマトの存在・異星からのエンジン設計図のふたつが隣接するのはよくない。
[メッセージカプセルの中身は乗組員に説明する暇が無く、観客にも謎を秘めたままで
最初のワープを終える]ぐらいに説明を分散したほうが良かった。
★短・中編漫画なら、説明分散の巧みさだけで作品を成すことも可能である★
ガンダムもこの点失敗しておりわかりにくさが面白いという発想は良いが物には限度がある。
黒ザクがレビル将軍を捕えたことを短くとも回想で見せるべきだった。コロニー落としも
オープニング映像では実感が湧かない。ラルが自爆する前にセイラを見て「姫様か?!」は
そんなこと突然言われてキャラクタどうしで会話が成り立ってもしかたない。セイラが
わけありなことはホワイトベースを赤いザクが襲ったときにさりげなく示すべきである
(兄の消息はその時点でわかっている)。テレビヤマト1で真田が古代守の艦を
充分整備できなかったという回想は航行が安定したあとなのだが、この順は正しい。
そこで真田の手足が機械であることも明かされる。彼は戦いの大半を仕切っており
存在感は極めて大きくわけあり風なのだから唐突ということはない。ちょうどよい。
★読者にとって意味不明の会話を印象約束として示し、タイミングを図って意味を明かす
演出はアリだ。会話に限らず気持よく謎を示して明かすのは常にアリ★

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2説明を欠いてはならない

カテゴリ「描写」の「黙ってアクション」は人的動作についてであって、兵器の射程や
破壊力の比較は説明を要する。ヤマトの主砲は光線砲ではなくショックガンあるいは
衝撃砲と呼ばれているが「従来の光線砲とは違う」というハッキリした説明が無い。また、
三連主砲は発射後三つの火線がよりあわされて、たぶん威力が倍増するのだがこれも
説明が無く不満である。(より合わせは一門だけでは使えないような弱い印象になるためか
テレビ3ではなくなった。)テレビ2以降は射程距離などの言及がある。ファーストガンダムでは
銃砲の性能やロボットの運動性にこだわっており面白い。運動性は人的動作だから
必ずしも説明はいらないのだが効果的にセリフを入れて音楽的な楽しさを構築している。
ゼータ以降は性能の説明をつけられない世界、ロボットのファッションショーになってしまうが。

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3ダイジェストの優越性

テレビではヤマトの脱皮と離陸は別であり補助エンジンで主砲を撃てる。
着底したままで上方の空母を撃破し、その後巨大ミサイルが冥王星からヤマトに向かい、
波動エンジン始動に手間取るとなっている。しかし、
結局主砲でミサイルを撃破しているのだから波動エンジン始動以前に撃たねばおかしい。
空母は宇宙空間で撃ち抜かれておりミサイルがそれより頑丈とは考えにくい。
脚本家もこれに気づいたのだろう。映画では波動エンジンが動かなければ武器はなにも
使えず、脱皮と発進は一体であり巨大ミサイル発射からひとつながりの名シーンとなっている。
他にふたつある。ひとつは、テレビでは藪をリーダーとするグループがイスカンダルに
永住しようとしてユキをさらったりするのだが映画ではカットされている。松本零士を迎えない
時点の原案では真田がクーデターを起こすプランがあったそうで、内部分裂を描きたいと
言うこだわりが半端に残ったと思われる。しかし、ほぼ絶望的な戦いを勝ち抜くドラマに
内部分裂は合わないし永住案は不自然でそれ自体無理がある。
もうひとつはデスラーとスターシャが電話で喋る妙なシーンで、これも無い方が良い。

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4強引な設定の是非

ヤマト世界では太陽系の惑星は常にほぼ直列であり敵方面近くに位置するよう都合よく
公転している。これがアリなのはひじょうに面白くなるからだ。太陽系内で戦いながら外に
向かう必要があり惑星との関係を描くことも欠かせない。例外のケースであり、ふつうは、
あまりに強引な設定はあきらめるかつじつまが合うよう工夫しなければならない。
ファーストガンダム世界で量産機が試作機より劣るのはおかしいという話題があるが、
ドラマ本編を見る限りすなわちじゅうぶんな証拠に於いてそのような設定は無い。
ジムがガンダムより劣るという描写は見られない。ジムがあまり強くないのはジオン機の
性能が(外観とは別に)上がっているからと自然に考えられる。ガンダムが強いのは
パイロットの能力が上がっているからだ。

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5無言基調でわずかに喋る

3の「人的アクションにセリフをわずかに入れて音楽的効果を生む」を詳述する。
理論的価値アリナシの二種がある。
アリはたとえば、火薬を満載したカーゴ(輸送メカ・両翼に推力)が、
動けないホワイトベースに特攻するのをガンダムが間に入って抑えるものの押され気味で
他の攻撃も加わるシーン。アムロのセリフ「そうだ!ホバーなんだから片方をやれば」が
ありひとつのエンジンを撃つとカーゴは自転し始める。それを蹴って遠ざけてからあらためて
中心を撃つ。セリフなしでは事情が分からない。カーゴは脇役で描写の扱いが低く、
ホバリングしていることにあまり気づかれていないからだ。射撃のあと自転により気づくという
順では観客が知識の不足を責められるようで楽しくない。また、セリフが無いと、
その時点まで片翼を撃たない理由がわからない。単に気づいてなかったとはっきりする
必要がある。目まぐるしく展開が複合するシーンなので観客が考えて楽しむところではない。
残念ながら映画ではこの大事なセリフが失われている。[説明しないこと]にこだわり過ぎ
たのかもしれない。ホワイトベースが宇宙に帰る時ドレンのムサイを沈めるのだが、
乱戦の中ジオン兵全員がガンダムを見失う。意外にも最も危険な真正面から突っ込んで
きたのが真相なのだが、「うおー!真っ正面から・・・そんな馬鹿な戦法が・・・」的な
セリフが無く、理解出来た観客は少ないだろう。

音楽効果のみのパターンは、トリプルドム戦の「俺を踏み台にした!」が好例である。

「黙ってアクション」で示した見開きとひとつまえの見開き(四人の悪役をバリエーション
豊かに連続斬り)はアクション声のみである。その直前に主役が敵ボスを見て内心セリフ
「こいつは居合いだな・・・なんとかして刀を抜かさないと・・・」がある。
その四ページから説明文字をいっさい排除するのが音楽的に美しいことと、
どうやって刀を抜かすかを後回しにしたほうが面白いという一石二鳥の手法である。
無用ノ介は何でもありの野良犬剣法がウリでトリッキィな動きは習性であり即興の天才と
よく示されているので、フェイントは敵ボスに踏み込む直前に決めたのだろうと自然に
考えられる。ボスは武芸者としての自信とプライドがあるから部下と同時に戦ったり
しないわけだ。「無用ノ介」とファーストガンダムは良く似ている。剣劇をどう見せるかの
コンセプトが同じだし、主人公の湿っぽい人格も似ており、いずれも卓越した戦闘力との
ギャップが作品の大きな個性となっている。[無言基調でわずかに喋る]はヤマトの
大規模戦闘でも同じ。戦局の節目での説明セリフはほとんど無く、これは正しい。
初期の兵器説明の欠落は別である。なお、漫画「宇宙戦艦ヤマト」では
セリフベースなのだが、これはアニメありきの特殊な漫画。

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6解決の順序

ガミラス戦争では大ピンチに際して単に逃れるだけではなく単一行動で同時に敵を
撃滅する逆転(むろん単純に敵を攻撃するのではない)が三回描かれる。
サバイバル戦闘の理想的アイデアなのだが、これを新たに考案しようとするのは効率が
低い。アイデア山盛りの長大なヤマトシリーズでもその三回きりであり、
他の零士作品のみならずあらゆる作家を見渡しても他に無いのだから。
普通の一石二鳥は二つともプラスだが、ガ戦の三回はマイナスを消すと同時にプラスを
得るという劇性だから超絶的に貴重なアイデアである。作劇の参考としては
ガス状生物の件に、順序の価値を見ることができる。
二つの成果の順がテレビと映画で逆になっており後者が優れている。
前者では難題が登場順に解決されるので淡々としているからだ。

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7劇中でアイデアに苦労すべし

上は爆弾の雨、下は硫酸の海というピンチに沖田艦長が絶妙なプランを示す。
地学に詳しい彼はガミラス星の形状を見たときから考えていたのであって、豊富な知識から
自然に生まれた案だろう。それが病床で落ち着いて語られることで[老練]が表現されており
非常に面白い。つまりアイデアがどうやって生まれたか説明がつく方が良い。手品的トリックで
ピンチを切り抜ける話はよくあるのだが、そんな土壇場で(あるいはなんのきっかけもなく)
都合よく思いつくか?のリアリティが欠けると劇がうすっぺらになってしまう。アイデアの出所も
描いて膨らまそう。裏返して言えば、★アイデア自体が小さいあるいは既存のものであっても、
劇中人が案出する苦労と合わせて一本とれるということだ★
既存の場合(ロープの特殊な結び方など)はドラマの終わりに
「なお、これは古くから何々たちが行うこれこれと呼ばれるものである」という具合に
ナレーションを入れればよい。

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8見えないものを象徴する

ガ戦にはテレビ・映画・オリジナルビデオと三種のパラレルワールドが存在する。テレビでは
デスラーと地球人の対面を巧みに実現し、[最後にもう一山]に組み込んで成功している。
対面・一山・融合いずれもみごとな発想。

オリビとテレビで、守(古代進の兄)の軍帽が階段に落ちるシーンは象徴的だ。戦争が終わって
兵士が人間に戻る瞬間を示している。そこではあらゆる事情を算入しても男が女に大きく譲歩
している。テレビ1に全編構成の面白さは無いがオリビには(短いがゆえに)ある。恋愛至上で
地球に帰らない男は冒頭の特攻戦士守と対を成して終戦の実感を生んでいる。
デスラーの明らかな死と合わせて、このオリビは[完結した一本]なのだ。

★見えないものを象徴する手法は大いに使える★
花瓶の花がしおれていたら部屋の主はルーズであり、スピーカ部品のみ買って段ボール箱に
組んであれば知的で面白い奴。架空の街を描く場合にも都市計画の有無が姿に表れる。

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9散乱→収束

映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」はデスラーが登場するので映画1の続きでありドメル艦隊の
3000隻は元々存在しない。地球ではヤマトが孤立し侵略側も異分子を含み他に
テレザート星があるという散らかった状況で戦力比は不明。
これがどのようにまとまるかを見せてゆく、テンプレート「散乱→収束」である。
このタイプには劇中散乱と演出散乱があり、後者に三種ある。
★ひとつは時系列を組み替える。ルパン三世の「魔術師」では冒頭にルパンが射殺される
までの対決を描いてから三カ月前にさかのぼり、冒頭シーンを含んで進行し最後に他の謎と
合わせて真相が明かされる。
★ふたつめは観客に事情を伏せたまま始まり徐々に明かすもの。
既述の「状況説明の手順」の失敗例ではなく、意図的に面白く構成する。説明散乱である。
★みっつめは印象約束散乱。描写の差別化で主役級キャラクタを各個無関係な状態で
複数人示し、どのように本筋にからむかを見せて行く。

映画2は劇中散乱であり他ではないが、全四種の散乱のうち二種が複合することもある。
いずれにしても散乱構造だけでは成り立たないのでなんらかのアイデア性は必要だ。
アイデアが弱くて足りない場合に散乱演出と合わせて一本とるという工法はアリ。

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10増補と取捨選択

脚本に於いてテレビ2に大きな法則は見られないが、分析することで推敲の経験値が上がる。
テレビでは初期に地球に帰るヤマトがアンドロメダとすれ違うシーンで両者が同じ大きさと
わかるうえに、対比的なデザインが引き立て合っている。小惑星帯の中を操艦技術で
逃げ切るシーンも秀逸。映画では最初の古代艦は小さな艦(いきなりヤマト登場では
軽々しい。テレビは映画観客が中心だからあらためてもったいぶらない。)であり、
二巨艦のツーショットはついに一つも無い。
しかしアンドロ的な艦がほぼ無事な姿でヤマトの近くに流れてくる絵は描けただろう。

テレビのヤマトはエンジンと砲塔を入れ変えた(そのためか主砲と波動砲の火線色は緑から
水色に変わった。対空砲火はオレンジのまま。)ほぼ新造艦であり他に最新装備もある。
[互角の戦いを描こう]であり、初戦を単純に撃ち合って主砲で勝つ。ガミラス戦にも
[ノーマルな砲撃で勝つ]はある方が良いのに変則的な戦いばかりで、量産中型敵艦を
主砲で片付けるシーンを、実にうっかり欠いていた。

テレザート爆弾を謎の作戦として興味をひっぱり、デスラーが脱出できた理由は彗星の損傷と
関係付ければちゃんと説明できるのに、いずれも欠けている。[テレサは何の制限も受けていない。
誰も救わない方針なのに地球には危機を知らせる気分屋]という設定は無理だ。
したがって終盤は、(地上の電力も波動エンジンで賄っているはずだから)都市を守る
対空波動砲があり超巨艦を射程に誘導するため防衛長官が芝居すれば良い。
これぐらいちょっと考えれば思いついただろう。週によって優れた劇もあるが残念な点が多かった。

次は「新たなる旅立ち」という一本きりのテレビ番組で、脚本論としては格別なにもない。
映画3「ヤマトよ永遠に」は「新たなる」で大きく扱われた新キャラたちが何の説明も無く消えており
同じ敵国のイメージも暗く変更されている。テレビ2の拙速をよほど反省したのか、
映画3の脚本は素晴らしい。偽地球は他の天体との関係ですぐばれるし百光年ワープしたのに
爆発が追ってくるのはおかしいのだが、スペースオペラだからセーフだろう。

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11古代進は艦橋に必要か?

鉄人28号の時代には[子供が大人に混じって活躍したら楽しい]が主流で名探偵コナンなども
同類であり漫画版ヤマトも古代進は14才ぐらい。が、アニメの彼は18才なのに役に立っておらず
[波動砲の引き金を引く係]に過ぎない。艦長席にも操作棹を立てれば良く、テレビ3で
デスラー艦の波動砲の引き金はデスラーが引いておりこれが自然だ。古代は戦闘班長なのだが、
戦闘指示は艦長が出しているので艦橋には無用である。推敲すると、古代守の弟の存在は
有意義だが主役級に含めれば足りる。直情攻撃的な性格からも戦闘機パイロットが適任(学生が
パイロットになれないなら戦闘班長にもなれない)。守の弟なので時として艦長と個人的に
話すことができるのは実作と同じ。艦橋でのやりとりは島や相原が演じれば良い。砲術長なども
実作ではセリフが少なくチーム感が足りない。[冥王星海戦と同時にイ星船が火星に不時着、
進を一員として回収]及び古代・島の性格対称コンビは欠かせないが、コンビの持ち場は
離れても構わない。同窓生は他と区別されるからだ。古代が副艦長席(=実作の古代の席)で
波動砲を撃ったり直前の指示を連発するシーンは沖田が病気で倒れるとか他の行為に
かかりきりという状況を作れば良い。その席で真田や島が撃っても面白い。
1当時のアニメ状況は戦闘機の活躍を描写できずブラックタイガーはほとんど描かれないので
しかたなかったのかもしれない。巨大な状況劇に名目的な主人公はいらない。

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12メカデザインの采配

ガミラスのメカは地球実在型を含むため不統一なのだが地球側がヤマト一隻なので
チーム対チームではなく、混乱することはない。(冥王星海戦は地球もチームだが、
そこに実在型は登場しない)ガミラス内の違和感も小さい。しかしガトランティス軍は
節足動物のイメージで統一するべきであって、テレザート守備隊に実在型(双胴爆撃機)が
混ざっているのは合わない。その映画はデザインを使いこなせず潜宙艦が空母や戦艦と並んで
いたりする。(テレビでは潜宙艦のためにひとつエピソードを割いている)カゲロウのような印象の
パラノイアが終盤で初登場するのもいただけない。そこは終局の煮詰まった雰囲気を演出するため
[久しぶりの再登場]が似つかわしいのであって、テレザートで爆撃機の代わりに登場するべきだろう。
他のシーンでガト軍からの爆撃はカブトガニ機が行なっている。
★デザインは多いほどよいというものではない。気持ち良いバランスを保つべし。

超巨大戦艦の底部から超々巨大砲が現れるのだが、これは余分だ。その艦の普通砲が
超巨大ということがぼやけてしまう。テレビではこれを解消するためヤマト方面を普通巨砲で威嚇し
底部砲は月を撃ち続けて全体を赤くして見せ、ついには地球を撃ち始める。
敵メカであっても効率よく使われるのは現実とは違って楽しい。

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13百点満点のテレビヤマト3

テレビヤマト3は映像も脚本も完璧な作品である。特筆すべきは(ファーストガンダムのような
大変な複雑さは無いが)全編構成の美しさで、節目として配置された三回の太陽制御作戦が
脚本の計画性をよく示している。絶大な戦力を有するシャルバートが戦わないのは
2のテレサとは異なり、互角の大国間の関係に干渉しないのは正しいし地球はボラーと
積極的に戦わないのだから太陽を鎮めてやることと矛盾しない。デスラーの立場もうまく説明が
ついている。また、1と2で枯渇したと思われていたアイデア兵器が3点案出されているのも
喜ばしい。探査、戦闘、謎解き、太陽制御、がバランス良く配合されており砲撃戦にはノーマルと
変則があり戦闘機が入り乱れる撃ち合いも存分に描かれ飛行ユニットを装着した人的アクションも
ある。群衆劇としてのまとまりも素晴らしい。ヤマトシリーズはここで熟成を終えて
完結したと言えるだろう。その後の零士アニメは評判が落ちてゆくのだが、
ブームの終わりと呼ぶのは正しくない。
作風が飽きられたのではなく個々の作品の質が落ちたのだ。


posted by スナノ at 16:24| 脚本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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